うつ病治療において「ケタミン療法」が注目されています。この治療は、従来のSSRIなどとはまったく違うメカニズムで、しかも即効性があるのが特徴です。
本記事では、ケタミンが数時間以内に抑うつ症状を改善する理由をやさしく解説します。
ケタミンが持つ抗うつ効果は、大きく分けて以下の4段階のステップで起こります。
ケタミンは、NMDA受容体(ナムダ受容体と読みます)という脳の中の“ブレーキ役を一時的に遮断します。
この結果、「グルタミン酸」という脳の興奮性物質が一気に増加し、次のステップに進みます。
NMDA受容体:記憶や学習に重要な受容体。うつ病ではこの働きが過剰または低下していることがある。
増えたグルタミン酸が、AMPA受容体(アンパ受容体と読みます)という“アクセル役”を活性化します。これにより、
BDNF(脳由来神経栄養因子)
IGF-1(インスリン様成長因子)
という、脳の修復や成長に重要なタンパク質が分泌されます。
これらは脳の神経細胞を守り、新たなつながり(スパイン)を作り出す力を持っています。
BDNFやIGF-1が働きかけることで、「mTOR経路」(エムトア経路と読みます)という細胞の中のタンパク質合成スイッチがONになります。
これにより、脳の神経細胞は次のように修復されます。
減っていた**シナプス(神経のつながり)**が復活
壊れていた神経回路が再構築
感情や意欲を司る**前頭前野(mPFC)**の活動が活性化
こうした神経可塑性(脳の柔軟性)の回復によって、以下のような変化が起こります。
抑うつ感の軽減
希死念慮の減少
意欲や集中力の回復
この効果は、通常の抗うつ薬では数週間かかるのに対し、ケタミンは数時間で実感されることもあります。
ケタミンの抗うつ作用は、
神経ネットワークの再構築
シナプスの修復
可塑性の回復
を通じて、うつ状態の“根本的な回復”を促す次世代治療とも言えます。
参考文献
Li N et al. (2010). mTOR-dependent synapse formation underlies the rapid antidepressant effects of NMDA antagonists. Science, 329(5994), 959–964. https://doi.org/10.1126/science.1190287
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